海難1890(かいなん いちはちきゅうぜろ)、日本とトルコの友好125周年を記念してトルコとの合作作品であり、朝日放送創立65周年記念作品第2弾、BSフジ開局15周年記念の作品として2015年に制作され、12月に映画館で放映された映画です。

海難1890、メインストーリー・2つの柱

過去の事件、トルコ軍艦であるエルトゥールル号の遭難救助と、現代の事件、テヘランに取り残された日本人の救援の実際に合った事柄をメインストーリーにして展開した映画です。これもドラマですよね。人情あふれる古き良き頃の日本と、今でも過去の事を忘れず、手を差し伸べてくれたトルコ当時の大統領をはじめとするすばらしい人々の人情あふれる映画です。

エルトゥールル号海難事故

海

1890年に起きたエルトゥールル号遭難事件。

明治22年(1889年)7月、オスマン帝国は帝国の威信をかけて、日本へ親善使節団を派遣したんですね。その時の軍艦がエルトゥールル号なのですが、ずいぶん古い船だったみたいです。600名の軍人を乗せ、荒海へと出港。明治23年(1890年)6月、無事に日本に到着したのです。

で、明治天皇への謁見を終えれば帰国するはずだったのが、乗組員の間でコレラが発症、帰国は延期されたのです。

そして、それもようやく落ち着き、母国へ向かうべく横浜港を出港したのが、明治23年(1890年)9月15日。おりしも日本は台風シーズンなんですね。そして、悲劇が起ったわけです。

そう、和歌山県串本町沖 にある紀伊大島の樫野崎に連なる岩礁に座礁してしまったんです。

映画では、エルトゥールル号が遭難した場所から近い小島での平和なシーンも、軍艦内の出来事とスライドさせて紹介されてました。決して豊かではないその島に住む人々は、今の日本人が失ってしまった人情、温かい心で溢れていたんですね。

島では台風がくるということで、早めに漁を切り上げ、村で一軒だけある遊郭(らしいですね?)で、主だった村人たちは宴会中。その大騒ぎするシーンと、嵐の真っただ中に入ってしまったエルトゥールル号艦内の、特に機関室での奮闘ぶりを、対比させるかのように描かれてました。

そして、何かおかしいと感じた村の若者が岬まで様子を見に行くと・・・眼下では大変なことになっていた、というところから、村人総出での救出作戦が開始されたのですね。

食料が付き、これ以上どうしようもないと村長はじめ村の主だった人たちが頭を抱えている場面に、若者たちが、非常事態の為に村で蓄えてあった米を付けばまだいける!遭難した人を見捨ててはご先祖様に申し訳がたたないと申し出たのがきっかけで、あとはなんとかなる!飢えは今に始まったことじゃない!と蔵から米も出してけが人たちの世話を続行する。

島の医師の友人であり軍のお偉いさんが来ていたのに、こういう場合でも、やはり国からの支給というのは、何かと途中に手続きがあって出来ないわけなんでしょう。今のように情報や交通機関が発達しているわけでもないので、仕方のないこととも言えます。

で、数少ない命が助かったトルコ人の中に、最後まで残ったムスタファ機関大尉がいたわけです。はじめは茫然としてました。死のうと崖に立ったり。それでも、遺品などの整理の為に最後まで残るのが自分の責任だとして残ったわけですが。

そんなある日、遺品である武器を島の子供たちがもっていくのを目にしたんですね。大尉は盗まれたと思って現場を突きとめて怒るわけです。でも、それは間違いだった。

遺品に泥が混ざった血がこびりついていたら、それを受け取った故郷の家族が「苦しんで逝ったのだ」と思って深い悲しみに落ちてしまう。だから、その汚れをきれいにしようとしてたんですね。

島の人たちはすばらしい人たちだったんだと思います。そこまではなかなか思いいたらないんじゃないでしょうか。本当に素晴らしい人たちだと思います。こうありたいですね。

一番胸にジーンときたのは、桟橋で、のお祈りとトルコの歌を歌っていたシーンです。600名のうち助かったのはたったの65名。どんな気持ちで海を見ていたのかと思ったら、たまらなかったです。

テヘラン邦人救出劇

そして、時は現代に写ります。1985年、イラン・イラク戦争勃発時のときのことですね。「48時間後にイラン上空を飛行する飛行機を無差別攻撃する」という発表があり、その時テヘラン在住の日本人たちは、国外脱出を試みるのですが、航空チケットは、それぞれ旅客機の自国の国民の席でいっぱいで、日本人を乗せてくれる飛行機がなかったんですね。

大使館が日本政府に要請しても、安全性が確保できないから日航機は飛ばせないといわれ、絶望的になるわけです。そんな時、(映画では)日本人教師の春海とトルコ大使館の職員ムラトと出会ったんです。

2人はどこか惹かれるところがあったのでしょう。

(2人の容貌から、エルトゥールル号救出の時の村の娘ハルとムスタファ大尉・・の子孫?あ、ムスタファ大尉が遺品を預かった機関士の子孫かも?な感じでしたねー)

飛行場の片隅で絶望的な表情で座り込んでいる日本人の為に、ムラトは、台の上に立って演説してくれるわけです。

「トルコには陸路で帰れる。安全は大使館が(外務省がだったかも?)保証します。だから、遠く飛行機でなければ帰れない日本人を乗せてあげよう」(概略)

もう、このシーンには本当に感動してしまいました。

今、日本人を救えるのはあなたたちだけだ

「祖先たちは異国の地で絶望に陥った際に救ってもらえた。今、日本人を救えるのはあなたたちだけだ」

初めのころは「なぜだ?」「俺たちの(トルコの)飛行機なのに?!」など、怒鳴っていたトルコの人たちも、ムラトの説得に、最後には搭乗口への道を開けてくれるんですね。拍手までして送り出してくれたんですね。

これが逆だったらどうだったでしょう?日本人はこれができたでしょうか?…などと偉そうなことを言えません。私だって、我先に飛行機へと乗り込み、他の人に道を開けるなんてしない気もします。

自国民を誇りに思う

日本人の為に旅客機を2機飛ばすことを決意した当時の大統領。国民から反感を買わないかという心配もあったのに、それを決意してくださった。そして、実際、日本人の為に旅客機を飛ばしたことをほめたたえたトルコ国民のみなさん。

「自国民を誇りに思う」素敵な言葉ですね。

それにしても日本は・・・・・と、こういったところでは言うべきではないので言葉は飲みます。

海難は一人でも多くの人に見てほしいです

友好関係は、トルコに限りませんが、ここまで深い友好関係があるのなら、ずっと続いてほしいですね。今トルコではなにかと騒がしいですが、一日でも早くそういった騒動もおちつくことを祈らずにはおられません。

そして、人間味あふれるこの映画を一人でも多くの人に見てほしいと思いますが・・もう映画の配給は終わってますよね。DVDとか、TV放送もいつかされないでしょうか。

不幸な事件から始まった物語ですが、人と人が心を通じ合わせる、心に残る素敵な物語は、大切に語り継いでいく為にも、この映画は一人でも多くの方に観ていただけたらと思います。

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